多摩美術大学

THETA 360.biz導入で制作スピード10倍アップ!?
空間を丸ごと記録する大学キャンパスのデジタルアーカイブ

多摩美術大学様では、2001年にメディアセンターを開設して以来、現在に至るまで360°画像によるデジタルアーカイブ制作を行ってきました。美大のメディアセンターならではのTHETA 360.bizの活用法と今後の展望について、多摩美術大学メディアセンター 村穂 秀児様(以下、村穂)、情報デザイン学科教授 久保田 晃弘様(以下、久保田)にお話を伺いました。

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デジタルアーカイブ制作と情報発信の場として稼働する多摩美術大学メディアセンター

多摩美術大学におけるメディアセンターの役割をお聞かせください。

 

久保田:多摩美術大学メディアセンターは、2001年に設立された学内の共同利用施設です。写真センターや映像センターや工作センターなどいくつかの部門が集まって構成されています。学内の共有施設として、全学科、全学年の学生に様々なメディアサービスを提供しています。具体的には、学生がコンピューターやカメラを使ったり、CGを作ったり、金属や樹脂木材の加工などをすることができる場所です。

 

また、メディアセンターが果たすべきもうひとつの重要な役割は、大学内のデジタルアーカイブ作成と情報発信です。美術作品を記録に残す際、平面や映像では伝えきることができない「空間」自体を残したい場合があります。そこで、空間全体をまるっと撮る360°の撮影をはじめました(http://archive.tamabi.ac.jp/)。2003年から開始したので、そこからコツコツともう16年続けてきていることになります。

 

THETA 360.bizを導入したきっかけについてお聞かせください。

 

村穂:2003年にVRでのアーカイブの制作を始めた当時は、まだ360°カメラはありませんでした。当時、私は魚眼レンズをつけたデジタルカメラで前後左右を撮影したものをフォトショップで繋ぎ合わせて360°画像を生成し、手作りのデジタルアーカイブを作成していました。

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デジタルアーカイブは継続できなければ意味がない

その後、360°カメラ「RICOH THETA」がリリースされて、今まで前後左右を魚眼レンズをつけたデジタルカメラで撮影し、360°に繋げるだけでも3〜4時間はかかっていましたが、ワンショットで360°撮れるTHETAは画期的でした。セキュリティーの問題で、WebブラウザでのJavaアプレットが禁止になり、作成していたVRツアーが閲覧できなくなってしまったため、THETA 360.bizを試してみることにしました。それまで試してきた他のどのツールよりも、このTHETA 360.bizは簡単で使いやすいものです。1日かけていたコンテンツの制作作業も1時間程度で出来てしまうのには大変に驚きました。

 

また、最初からウェブサイト上で制作ができることも魅力のひとつです。作成し、書き出しをし、自社サイトにアップロードし、プレビューをみて問題があれば、また作成し直す・・・という作業を繰り返していましたから、作成したものをそのまま反映できるのは非常に便利です。

 

せっかく作成してきたデジタルアーカイブも、今後私から代が替わった際に途絶えてしまっては機能を果たせません。そういう意味でも、引き継いだ人も続けていける作りやすさや、使いやすさは重要だと思っています。結論として、このまま継続してTHETA 360.bizを利用していくことになりました。

 

 

デジタルアーカイブ制作と情報発信という点で、THETA 360.bizはどのように活用されているのでしょうか。

 

久保田:現在THETA 360.bizでは、これから多摩美術大学に入学を希望される方に向けた、大学のメディアサイトからご覧いただけるデジタルアーカイブを作成し、受験促進と入学前の学生へのモチベーションアップのために活用しています。

 

特に美大の場合は、「自分の手で絵を描いたり、ものを作りたい」という考えで受験する学生が多いため、こうしたデジタルアーカイブを公開することによって、実際に学内ではどんなことをしているのか、また、どんな作品を作っているのか等を、入学前に見ることで、「大学で何ができるのか」「何をしたいのか」というイメージを持ってもらうきっかけになれば良いと思っています。

 

 


 

マップ埋め込み機能を場所ではなく”時間”の移動として活用
 

360°での撮影は毎年続けています。学生が作品で扱うメディアや、表現の形式がどのように変化しているか、という大学のライフログアーカイブのようなものを360°で記録しています。多摩美術大学に入学した自分が卒業するときにはこんな変化を遂げていたのか、と、時系列で追っていけるのも、楽しいことだと思います。

 

村穂:これまでも展示された作品は、普通の写真で記録されています。しかし、それだけでは不十分で、学生たちの手で展示会場を設営している様子や発表の様子、会場への来訪者はどんな人が来ていたのかなど、その場の雰囲気や臨場感は残りません。それを残すには、360°の空間記録が最適です。360°画像で残すアーカイブは、なにかこうすごく時代感を残すことができそうで、私は面白いと思いました。

 

現在作成しているコンテンツの話ですが、毎年キャンパスの中庭で定点観測している360°画像があります。その画像に写っている学生の服装が時代によって異なり、「あの頃はこんな服だったよね」と、時代が空間のまま記録として残ります。このコンテンツを見た学生からも「懐かしい」と声があがってきています。

 

 

 

 

2003年から360°でのアーカイブ制作をはじめた多摩美術大学メディアセンター。当時日本ではまだVRや360°について黎明期とも言える時期ですが、360°でアーカイブ制作をはじめられたきっかけをお聞かせいただけますでしょうか。

 

村穂:私は多摩美術大学に併設されていた多摩芸術学園を卒業してから、企業向けPVや、映画祭のオープニング映像、またマルチプレックスホログラフィの原画など、すこし変わったCGの仕事をしていました。そんな中で、空間の中に四角、三角、丸などの形状を配置して、HTMLに近いことをVRの空間で作ろう、というVRMLにも取り組んでいました。

 

やがて多摩美大に戻りメディアセンターへ異動したことで、これまでの仕事を生かしつつデータベースを使ったデジタルアーカイブの制作に繋がりました。そして「空間を残したい」「時間と一緒に消えてしまう風景を残したい」、それが実現できるのが360°の撮影だったのです。当時はGoogleのストリートビューも始まっておらず、一般に入手しやすい360°カメラもなかった時代ですから、デジタルカメラに魚眼レンズを取り付けて試行錯誤を重ねながら少しずつアーカイブ制作をはじめることにしました。

 

その際、「今あるものをどんどん撮っていこう」と360°で現役学生の展示を撮影し、アーカイブしていくことにしました。360°画像であれば、未来に「現代」を空間として丸ごと残せます。また、退任される先生方の記念展や、THETA 360.biz の導入で余裕ができたぶん、付属美術館の展示記録作成やイベントへのリアルタイムな対応などもできるようになりました。この先は、VRツアーの立体視や動画への対応をして頂けるよう開発に期待しています。

 

久保田:僕はここ多摩美大に情報デザイン学科が新設された98年に着任しました。その年の5月にはAppleがiMacを発表するなど、IT時代到来の感覚もありました。だからこそ、2001年のメディアセンターの設立時に、「デジタルメディアによる情報発信」と「デジタルアーカイブの制作」が求められたのです。

 

動画・映像は写真を時間的に拡張したものですが、写真を空間的に拡張するのが360°画像です。現代美術の中には、平面や立体にとどまらずインスタレーションとして空間を丸ごとひとつの作品としているものもあります。360°の画像でインスタレーションを撮影して残せれば、記録としても重要ですし、作品自体を思い出すことも容易になります。

 

絵画や彫刻であれば、通常の写真や映像でも良いのですが、デジタルアーカイブ制作を通じて、美術自体が最新のテクノロジーとうまく繋がっていきました。90年代のメディアアートの誕生によって、空間全体を構成する作品としてインスタレーションという概念が誕生し、今はさらにその動向は広がっています。メディアセンターでは、そうした美術全体の動向と、最新のテクノロジーの関係に常に着目しています。

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作業効率が上がり、かかる時間は1/5に

THETA 360.bizを導入しての効果や変化などがありましたら、お聞かせください。

 

村穂:感覚ですが、作業効率は以前に比べると5〜6倍は早くなったと思います。これまで1日がかりだった作業がたった1時間で終わるため、これまで以上に細かな部分にも手が届きますので、より良いものが出来上がります。

 

定点観測を続けている中庭も、導入後の今なら面白い仕掛けができます。リンクマーカーをクリックすると、場所を移動しないで時間を移動しているように見せるような表現を、楽に仕上げることができました。THETA 360.bizであれば、マーカーの調整が簡単なので、わずかな時間でピタッとベストな位置に配置できます。

 

 

THETA 360.bizで空間を記録する

久保田:先ほども話題にでましたが、THETA 360.bizを利用することによってインスタレーションを丸ごと記録できるようになりましたし、360°カメラを使うことで今までとは違う、新たな空間概念も生まれるようになりました。

 

村穂:展示などを企画する学芸員を育成する学科で、実際に展示の仕方を検討する際にデジタルアーカイブを役立ててもらい、「この時はこうやっていたんだ」「この展示は見やすい」など比較検討もできます。360°画像で残してあればデジタルアーカイブが後々、確実に資産になっていくのではないかと思います。

 

 

「360°の展示アーカイブを作りたい」美術館関係者からの問い合わせ

村穂:大学のメディアサイトをご覧になった美術館関係者からいくつか問い合わせを頂いています。「同じようにうちもアーカイブを作りたい」「360°で残したいのだが、どうしたら良いのか」というようなご相談の内容です。

 

久保田:最近私の知り合いから、アート360という展示会を360°映像でアーカイブするプロジェクトのウェブサイトをはじめた(https://art360.place/)という連絡をいただきました。
この他にも、展示会自体を360°度で収めてアーカイブして観せるような動きが、最近さまざまな美術の世界で起き始めています。

 

しかし同時に、「やってみたら面白いかな」と思ってはいる美術関係者はものの、身近に技術が得意な人がいないため、ちょっとしたことが足かせになって、なかなか先に進まないことも多いようです。私たちのような美術に携わる者とTHETA 360.bizの開発をするような技術者がうまく繋がれば、今後はTHETAもTHETA 360.bizも、更にもっとニーズが増えてくるように思います。

 

この16年間メディアセンターで360°デジタルアーカイブ制作をしてきたことが、そうした動きに少しでも役に立てるようになればいいですね。

 

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美大生と360°VR

多摩美術大学の「デジタルアーカイブ」について、今後の展望をお聞かせください。

村穂:キャンパス内でTHETAで撮影をしていると、学生も気になるようで集まってきます。撮影したその場で「360°画像をパッと見せると「わぁーすごいね」「なにか作品も作ることができそうだね」と言っています。

 

 

久保田:今年、卒業制作で、3Dの手書きアニメーションを制作した学生がいました。ヘッドマウントディスプレイをつけて見る、まさに手書きの3DVRアニメーションです。通常の作品はある程度の広い場所を必要としますが、VRということもあり、さまざまな形態での展示が可能になりました。この学生に限らず、最近は作品レベルで3DやVRを取り入れたものも随分増えてきました。

 

 

よく学生たちと、360°カメラのような新しいメディアが出たときに、一体そこにはどのような可能性があるのか、どのような意味があるのか、ということを議論しています。新しいメディアには、未だ見ぬ新たな芸術作品を生み出す可能性があります。既存の価値観を拡張したり増強するために、新しいメディアを使おうとするのではなくて、今までにない何かを創造するために使われてほしいと思っています。

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異分野交流で面白いテーマを創出する

久保田:美大ですから学生作品の講評会や展覧会の回数は多く、週替わりでどこかで何かが開催されています。その他にも研究活動の一環としての特別な展示や、教員が退職する際に退職記念の展覧会も行われます。

 

村穂:しかし残念ながら、学生は自分の分野の展示は観るけれど、離れた棟の他分野の展示はあまり観に行くことはありません。同じ学内でも「そんな展示をやっていたの?」という話もよく聞きます。友人がいれば観に行くのでしょうけれど、他の作品まで観に行く余裕はないのかもしれません。

 

久保田:異分野で一緒に作品を制作してみれば視野が広がることもあるはずです。作品のバリエーションや多様性、ハイブリットな作品が生まれる可能性もあります。平面と立体の組み合わせや、インスタレーションのように平面、立体、映像がすべて組み合わさったものもあります。電子機器も使えるし、プログラミングをすることだってありえます。

 

最近の学生は、様々な物を組み合わせることに対して、面白いセンスがあります。今ではオイルペインティングの学科でもインスタレーションを学びますし、彫刻が専門でも映像制作をしています。逆にメディア芸術分野では「フォトショップで水墨画を描く」ようなことも見事にやってのけたりします。そういった違う分野が交わるところに面白いテーマがあると思っています。

 

 

 

 

村穂:今までお話してきたとおり、デジタルアーカイブはまず、自分たちや同じキャンパスの他の分野の学生たちのために役立つような「未来をつくる」資産として、これからも継続して残していきたいと考えています。

 

久保田:重要なのはTHETA 360.bizを簡単に使えるだけではなく、うまく自分たちで改良できハックできることです。私たちのデジタルアーカイブが美術とテクノロジーを繋ぐメディアに育つことを願っています。

 

 

貴重なお話をお聞かせいただきましてありがとうございました。

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